南部解放記念日ベトナム戦争終結の日 1975年4月30日

南部解放記念日ベトナム戦争終結の日 1975年4月30日

42年前の4月30日、当時の南ベトナム共和国ミン大統領は、午前10時20分に停戦宣言を行い戦争は終結しました。 11時30分には北革命政府軍戦車隊が入場し、大統領官邸(現在の統一会堂)の柵を突き破って解放しました。そのため4月30日を南部解放の日(Ngày Giải phóng miền Nam) 、または 統一の日(Ngày Thống nhất) と呼んでその日は毎年パレードを行います。日本語では一般的に、南部解放記念日と訳されています。第二次世界大戦以降、長年にわたり分断されていたベトナムが、1975年のこの日に統一されました。インターネットの情報では、午前7時から軍隊のパレードが始まるということで、朝6時に起きて動物園前Le Duan通りに行ってみるとなんと誰もいないではないか。警察官に聞いてみると午前11から始まるということなので、一度帰宅して再び10時過ぎに現場につきました。今度はすごい人で皆が携帯で写真を撮ろうと道路側に集まっているではないですか。結局パレードは午前10時30分から始まりました。やはり時間はいい加減ですね。

私の想像していた北朝鮮式の軍事パレードは、ハノイ市のみで行われるようでホーチミン市は、敗戦国であることを意識してか、軍隊職の無いソフトパレードでした。

大型バイク(ハーレー)軍団、ピックアップトラック、白バイ隊、自転車ロードレースが主なパレードの内容です。

翌日5月1日はメーデーの祝日。ベトナムの祝日数は年間10日間しかありませんが、テト(旧正月)の以外で毎年必ず連休になる唯一の機会です。2017年は土日が重なって振り替え休日となったため、公務員と多くの企業が4月30日~5月2日までの3連休となりました。

40年間戦争をしていた国

ベトナムはフランスの植民地となっていましたが、第二次大戦中はドイツに敗北したフランスに成立したヴィシー政権と日本の二重統治に。そして第二次世界大戦終結を受け、1945年8月17日にベトナム八月革命が起こり、9月4日に 社会主義国家「ベトナム民主共和国」 が成立。ホー・チ・ミン氏が初代国家主席に就任します。

しかし、1946年になるとフランスは再びベトナムへの支配を強め、ベトナム南部にフランス傀儡国 「ベトナム国」(南ベトナム) を成立させます。これにベトナム民主共和国が対抗して第1次インドシナ戦争が勃発。米国の支持を受けていたフランスがディエンビエンフーの戦いで敗北し、1954年7月21日にジュネーブ休戦協定で戦争は終結しました。このジュネーブ協定では、 北緯17度線 を軍事境界線として、ベトナムを北の共産主義国と南の親西側陣営国に「一時的に」分割し、両軍の兵力分離を図ってから全国統一選挙を実施するということになっていましたが、米国と南ベトナムが調印を拒否。その後、南ベトナムでは米国の支持を受けたベトナム共和国が成立し、以降1975年まで分断国家の状態が続いていきます。

冷戦を背景に米国が軍事介入したことで泥沼化したベトナム戦争ですが、1973年に米国が全面撤退を決めます。同年のパリ和平協定で「停戦」が謳われたことなどで全面攻撃を踏みとどまっていた北ベトナムですが、1975年3月から全面攻撃を開始。米国からの大規模な軍事支援が途絶えていた南ベトナムは十分な抵抗ができず、中部から南部に向かって主要都市が次々陥落します。南北の和平交渉は続けられていたものの、南ベトナムの大統領が次々と変わる事態となり決裂。 4月30日朝、前日に就任したばかりのズオン・バン・ミン大統領が大統領官邸からテレビとラジオで無条件降伏を宣言した後、午前11時30分にベトナム軍の戦車が大統領官邸(現在の 統一会堂 )に突入。 南ベトナムは崩壊しました。これが「サイゴン解放」=「南部解放」です。このニュースは当時の「国際ニュース」で見た記憶があります。

最貧民国からの脱出

30年間の戦争で国土も人々も疲弊し、最貧民国であったベトナムはベトナム戦争終結後すぐに1978年から1989年まで、カンボジアに侵攻し、ポルポト政権と戦いました。また1979年には中越戦争も戦い勝利したのです。その期間は11年にも及びカンボジア侵攻が長すぎて国際批判を浴びたため、孤立し経済制裁も受けました。

フランス、アメリカ、中国、カンボジアと戦争し、すべて勝利したことはすごいですね。

第1次インドシナ戦争とベトナム戦争、そしてカンボジア侵攻と合わせて40年間も戦争をしたため、国土は焦土化し田畑は荒れ果てていました。そこで1986年にはドイモイを採用し計画経済から市場経済へと舵を切ったのです。しかし86年から90年の年間インフレ率は774%と大変な時代を過ごしたのです。この頃生まれた現在27歳~31歳の子供は、飲むミルクがなく大変な幼少期を過ごしたと聞きます。

1996年から2005年にかけては、インフレ率も4.9%と安定し極貧国から貧民国へと成長し、2000年頃からは経済成長率7%台の堅調な経済発展を開始しました。それ以降6%以上の経済成長率が続いています。

外国人(越僑)に解禁した住宅

ベトナム戦争で敗北した南ベトナム共和国の政治家、軍関係者、企業経営者の多くは海外へのがれました。この人たちのことを越僑と言いますが、長らくベトナムに帰国して起業したり、住宅購入が許されていませんでした。しかし世界には越僑が400万人はいると言われ、その資金力は無視できるものではありません。ベトナムには他の国にはない収入があります。「ODA」「FDI」「越僑」の3つの資金があれば国家予算が成り立つということです。越僑の資金は毎年1兆円を超える規模になっています。

2015年7月の住宅法改正では、外国人に住宅が解禁されました。改正した理由に越僑の存在が無視できなくなったことがあげられます。越僑にも住宅取得の道が開かれたのです。ここが他の東南アジアと大きく歴史的に違う点ですね。ベトナム不動産がなぜ今買い時かお分かりいただけたでしょうか。

すべてのベトナム人が望んだ「解放」ではない

南北統一は北が南を解放するという形となっていますので、解放戦線に共鳴していた人々を除き、南ベトナムの人々にとっては戦いに敗れた日でもあります。戦後にベトナム国外へ逃れたベトナム人(越僑)たちは、この日を「サイゴン喪失の日」と呼んでいます。北ベトナムを支持していた人々にとっては待ち望んだ喜びの日ですが、南側の人々にとっては悲しみの日であり、敗北を目の当たりにし、戦後苦難を経験した人々が今もまだ健在です。ホーチミン市でタクシー運転手に解放記念日のことを聞くと、年配の人ほど吐き捨てるように怒りが伝わってきます。自宅を取られ、財産をなくした人たちもたくさんいます。その人たちが自宅を持てる時が40年たって訪れたのです。これはまさにバブルではなく実需と言えるでしょう。

インフォメーション

ベトナム週間天気予報

所により曇
今日
12/17 20%
所により曇
所により曇り。 最高気温33℃。 東の風は変わりやすい。
所により曇
明日
12/18 10%
所により曇
所により曇り。 最高気温33℃。 東北東の風は変わりやすい。
所により曇
水曜
12/19 20%
所により曇
所により曇り。 最高気温33℃。 東の風10~15キロメートル毎時。
雷雨の可能性
木曜
12/20 80%
雷雨の可能性
午後に雷雨が発生。 最高気温33℃。 北東の風は変わりやすい。 降雨確率は80%。
雨の可能性
金曜
12/21 30%
雨の可能性
午後、にわか雨。 最高気温34℃。 北北東の風は変わりやすい。 降雨確率は30%。
所により曇
土曜
12/22 20%
所により曇
所により曇り。 最高気温33℃。 北北西の風は変わりやすい。
曇
日曜
12/23 20%
曇り。 最高気温31℃。 北の風10~15キロメートル毎時。

通貨換算レート

日本円 ベトナムドン 1JPY 201.77VND
米ドル ベトナムドン 1USD 23,295VND
米ドル ― 日本円 1USD 113.40JPY

2018年11月29日更新

採用情報 お問い合わせ

サイトマップ

ESPACIO VIETNAM お問い合わせフォーム